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名古屋地方裁判所 平成2年(ワ)2264号 判決 1992年6月05日

名古屋市昭和区明月町一丁目二五番地

原告

浦山光明

横浜市中区山下町九三番地 小山ビル三階

原告

株式会社環商

右代表者代表取締役

枳穀紀雄

右訴訟代理人弁護士

高橋淳

北海道旭川市末広二条八丁目五-五

被告

松村敏

右訴訟代理人弁護士

米田和正

同市末広東一条八丁目七-六

被告

斉藤博美

同市錦町二三丁目二一六番地

被告

篠原明

主文

一  被告松村敏は、原告らに対し、それぞれ金五〇〇〇万円及びこれに対する平成二年九月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告斉藤博美及び同篠原明に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告らと被告松村敏との間においては全部被告松村敏の負担とし、原告らと被告斉藤博美及び同篠原明との間においては全部原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  申立て

一  被告らは連帯して、原告らに対し、それぞれ金五〇〇〇万円及びこれに対する平成二年九月二日(ただし、被告篠原については同月四日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  仮執行の宣言

第二  事案の概要

本件は、原告らが、被告らと特許等の実施契約を締結したと主張し、被告らに対し、右契約の不履行による損害賠償(一部請求)を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  被告らは、共同で、以下のとおり特許出願及び実用新案登録出願をした。

(一) 特許出願(同出願に係る発明を、以下「本件発明」という。)(甲四)

発明の名称 恒久保存立体植物標本

出願日 昭和五一年一一月一六日

出願番号 特願昭五一-一三七九八〇号

出願公開日 昭和五三年六月六日

(二) 実用新案登録出願(同出願に係る考案を、以下「本件考案」といい、本件発明と合わせて「本件発明等」という。また、同出願と前記(一)の特許出願とを合わせて「本件出願」といい、本件出願に係る特許又は実用新案登録を受ける権利を「本件出願権」という。)(甲一一)

考案の名称 恒久保存さく葉植物標本

出願日 昭和五一年一二月二日

出願番号 実願昭五一-一六一九五二号

2  原告浦山及び原告株式会社環商(以下「原告会社」という。)は、昭和五一年一二月二二日、被告松村との間で、次の内容の契約を締結した(以下「本件契約」という。なお、被告斉藤及び同篠原が本件契約の当事者として契約上の責任を負うか否かについては後記二1のとおり争いがある。)(被告斉藤及び同篠原との関係で、甲一の一、原告浦山、原告会社代表者、被告松村)。

(一) 被告松村は、原告らに対して、本件発明等を独占的排他的に実施せしめる。

(二) 被告松村は、その負担において本件発明等につき特許及び実用新案登録が受けられるべく努力し、出願の取下げをしない。

(三) 被告松村は、原告らに対し、本件発明等につき特許及び実用新案登録を受けた場合には、直ちにそれらにつき専用実施権設定手続を行う。

(四) 被告松村は、原告らに対し、本件発明等に関連する発明又は考案をした場合には、右発明又は考案につき共同出願手続をし、更に專用実施権の設定登録手続をする。

(五) 被告松村は、本件出願権を他に譲渡したり、登録の前後を問わず本件発明等を他に実施させる等の一切の処分をしてはならない。

(六) 被告松村は、右条項に違約した場合には、原告らに対して三億円の損害賠償金を支払う(以下「本件違約条項」という。なお、原告らの主張によれば、被告らは連帯して右損害賠償責任を負う。)。

二  争点及びこれに対する当事者の主張

1  被告斉藤及び同篠原は本件契約上の責任を負うか(争点1)

(一) 原告ら

被告斉藤及び同篠原は、本件契約を締結するについて、その代理権を被告松村に与え、被告松村が、被告斉藤及び同篠原の代理人として原告らと本件契約を締結したものである。

なお、被告松村は、本件契約締結に当たり右両名の代理人であることを示していないが、原告らにおいて、被告松村が被告斉藤及び同篠原のためにするものであることを知っていたから、民法一〇〇条但書きにより、被告斉藤及び同篠原に対して効力を生ずるものであり、両被告は、被告松村と同一の本件契約上の責任を負っている。

(二) 被告斉藤及び同篠原

原告らの主張は否認する。

2  被告らの損害賠償責任の有無(争点2)

(一) 原告ら

被告らは、本件発明について出願審査の請求をしなかったため、同特許出願は取り下げたものとみなされ、本件考案についても取下げをしたか又は取り下げたものとみなされたため公告開もされなかったが、被告らは、原告らに対し、右事実を隠し、もう少し待つように繰り返すのみであった。ところが、平成元年になって、原告らは、園芸品の通信販売により「木の葉郵便」及び「押し花セフト」なるものが販売されているのを知り、これを取り寄せて、本件発明等の技術的範囲に属するかあるいはこれに関連する発明又は考案に基づいて製作されたものであることを知った。

右事実によれば、被告らは、本件契約に違反したものであるので、本件違約条項により、原告らに対し、損害賠償として三億円を支払う義務がある。

なお、原告らは、本件契約の締結に当たり、被告松村に対して代金としてそれぞれ二五〇万円(合計五〇〇万円)を支払い、また、開発資金として二〇〇万円を貸与した。

(二) 被告ら

原告らの主張は争う。

被告らがそれぞれ本件発明につき出願審査の請求をしなかったことは認めるが、被告らから積極的に本件出願を取り下げた事実はなく、本件発明等については、被告松村において現在も研究中である。

また、原告ら主張の「木の葉郵便」及び「押し花セット」が販売されている事実は認めるが、これらは、本件発明等の技術的範囲に属さず、本件発明等に関連する発明ないし考案に基づいて製作されたものではない。

3  本件損害賠償請求は公序良俗に違反しないか(争点3)

(一) 被告ら

仮に、被告らにおいて本件契約に違反した事実があったとしても、本訴請求金額は、右違反により原告らの被った損害に比べて余りに過大であるから、本訴請求は、公序良俗に反し許されない。

(二) 原告ら

被告らの主張は争う。

第三  争点に対する判断

一  被告斉藤及び同篠原の責任について(争点1)

1  前記第二の一の各事実及び証拠(甲一の一、二、甲二、三、九、一九、原告浦山、原告会社代表者、被告松村、同斉藤、同篠原)及び弁論の全趣旨によれば、以下のとおりの事実を認定することができる。

(一) 被告斉藤は、旭川市において中学校の社会科教論をしており、趣昧で高山植物の収集をしていたことから同市において園芸店を経営する被告松村と知り合い、また、被告篠原は同じく同市の中学校教論(専門は生物)をしており、被告斉藤の紹介で被告松村を知るようになり、被告三名は共同で植物標本の作り方について研究し、その成果に基づいて共同で本件出願をした。

(二) 原告浦山は、産業廃棄物再利用処理や自動車部品関係を取り扱うことを目的とする株式会社名古屋環商(現社名は株式会社明成工業)を設立してこれを経営している者であり、原告会社は、名古屋環商と協力関係にある会社であり、産業廃棄物処理等公害防止業務その他の事業を目的とするものである。

(三) 原告らは、本件出願を知ってこれを事業化することを考え、昭和五一年一二月二〇日ころ、原告浦山及び原告会社代表者枳穀が被告松村の事務所を訪れて詳しい話を聞き、また、被告斉藤及び同篠原とも面談した。被告松村の話では、本件発明等には従来の植物標本の製造方法である押し花又はプラスチックポリマーの塗布に比べて植物が立体的に保存できる上、時間的経過による退色が少ないという特徴があり、中学校等の理科教材として商品化が有望であるということであった。

(四) そこで、同月二二日、とりあえず、原告浦山が手書きで起案した「特許実用新案並びにノウハウ実施契約書」(甲二)に被告松村、原告両名が調印したが、その内容は、ほぼ本件契約と同一のものであった(ただし、本件契約(二)、(五)及び(六)の条項に相当する内容は含まれていなかった。)。この契約書には被告斉藤及び同篠原の氏名は表示されていないが、これに先立ち、同月一三日付で被告斉藤及び同篠原は被告松村に対して、本件発明等に関して、「企業並びに商品販売について筆頭出願人の意思及び行為について異存なく一任致します。」という文言を内容とする委任状(甲九)を作成し、被告松村に交付していたため、被告松村は、このとき、右委任状を原告らに交付した。

(五) その後、原告らにおいて、タイプで本件契約の文案を作成し、被告松村方で、原告両名及び被告松村がこれに調印した(甲一の一)が、細部については、さらに昭和五二年一月一五日付で「特許・実用新案並びにノウハウ実施細部協定書」を右三名によって作成した。右のいずれの契約書においても、契約の当事者は甲すなわち被告松村、乙すなわち原告会社、丙すなわち原告浦山として表示されており、被告斉藤及び同篠原は当事者として表示されていなかった。

(六) 本件契約書(甲一の一)の末尾には、被告斉藤及び同篠原作成の昭和五一年一二月一三日付の委任状が添付され、本件契約書との間に同人らの印影によって契印がされており、その内容は、被告松村に対し、「(本件出願及びこれに関するノウハウ)に係る一切の権利(出願中の権利及び将来の特許・実用新案を含む)につき、第三者に対して専用実施権の設定その他一切の管理・処分行為をすることに関する権限を委任します」というものである。

(七) 本件契約締結後も、被告松村の説明によれば、本件発明等に基づいて作成したさく葉にはまだ若干の退色があり、これを完全なものにすべく今少し研究を要するということであったので、原告らは、再三にわたり被告松村に右研究の完成を催促したが、被告斉藤及び同篠原に対しては、本件訴訟提起に至るまで連絡を取ったことはない。

2  右認定事実を前提として検討するに、なるほど、本件契約書には被告斉藤及び同篠原の同松村に対する委任状が添付されているけれども、その文言はせいぜい本件出願権の管理・処分行為の権限を被告松村に授与するものに過ぎず、本件契約締結の代理権まで与えたものと解することはできないし、本件契約書には被告斉藤及び同篠原は契約当事者として表示されていない。右の点に加え、証拠(被告斉藤、同篠原)によれば、同被告らは、いずれも、被告松村からの本件発明等で商売をしたいという話に対し、自分達は公務員であってそのようなことはできないが、被告松村がそうすることに異存はないという趣旨で右委任状を作成したものであること、被告斉藤及び同篠原は、同松村からその行おうとしている商売の内容については説明を受けておらず、本件契約書は本件訴訟が提起されてから初めて見たことを認めることができ、これらの事実を考慮すると、本件契約書に右委任状が添付されたのは、本件出願が被告ら三名の共同出願に係るものであり、被告ら三名の共有に係る特許権及び実用新案権について被告松村が本件契約(一)及び(三)のように独占的通常実施権の設定をするには、他の共有者である被告斉藤及び同篠原の同意を得る必要があると解された(特許法七三条及び実用新案法二六条参照)ことから、右委任状によってその同意の存在を明らかにしようとしたものと解するのが相当である。

したがって、被告斉藤及び同篠原は、右委任状によって、同松村が本件出願権の管理・処分行為をすることについて同意したものの、本件契約の締結について同松村に代理権を授与したものということはできず、他に、右代理権授与の事実を認めるべき証拠はない。

右のとおりであるから、被告斉藤及び同篠原は、本件違約条項について契約当事者として責任を負うものと認めることはできない。

二  被告松村の損害賠償責任の有無について(争点2)

1  特許出願があったときは、何人も、その日から七年以内に、特許庁長官にその特許出願について出願審査の請求をすることができる(特許法四八条の三第一項)が、右期間内に出願審査の請求がなかったときは、特許出願は取り下げたものとみなされる(同条四項)。また、実用新案登録出願があったときは、何人も、その日から四年以内に、特許庁長官にその実用新案登録出願について出願審査の請求をすることができ(実用新案法一〇条の三第一項)、右期間内に出願審査の請求がなかったときは、実用新案登録出願は取り下げたものとみなされる(同条二項により準用される特許法四八条の三第四項)。

そして、証拠(甲八、一三、被告松村)及び弁論の全趣旨によれば、本件出願については、いずれも出願審査の請求がされなかったため(本件発明について出願審査の請求がされなかったことは争いがない。)、右各規定によりいずれも取り下げられたものとみなされたことを認めることができる。

これについて、被告松村は、本件出願を積極的に取り下げた事実はなく、現在も研究中であると主張し、また、本件発明等は未完成であったと供述するけれども、前記第一の一2(二)の本件契約の条項によれば、被告松村は単に本件出願を積極的に取り下げてはならないのみならず、本件発明等につき特許又は実用新案登録が受けられるよう努力すべきものとされていたのであるから、出願審査の請求をしなかった結果取り下げたものとみなされた場合にも、被告松村は右条項に定められた義務に違反したものというべきである。また、本件発明等が未完成で被告松村において現在も研究を続けているとしても、本件契約の対象となった本件出願権自体は出願が取り下げられたものとみなされることによって消滅したのであるから、被告松村において本件発明等と実質的に同じ発明ないし考案について研究を続けているとしても、債務不履行責任を免れることはできないというべきである。

したがって、被告松村は、本件契約の前記条項に違反したものというべきである。

2  なお、「木の葉郵便」及び「押し花セット」が販売されている事実については当事者間に争いがなく、証拠(甲五の一、甲六の一、被告松村)によれば、被告松村がこれを製作して松村産業有限会社ないし松村産業株式会社を通じて販売していることが認められるけれども、右商品が本件発明等の実施によって製作されたものと認めるべき証拠はない。したがって、右各商品の販売の事実から直ちに被告松村が本件契約の各条項に違反したものと推認することはできない。

三  本件損害賠償請求は公序良俗に違反しないか(争点3)

1  前記二のとおりであるから、被告松村は本件契約に違反したものとして、本件違約条項により、原告らに対し、三億円の損害賠償金を支払う義務を負うこととなるところ、原告らは、そのうちの一部としてそれぞれ五〇〇〇万円を請求し、被告松村は、右違反により原告らの被った損害に比べて本訴請求金額は余りに過大であるから、本訴請求は、公序良俗に反し許されないと主張する。

2  証拠(甲一の一、甲三、一六、一七、原告浦山、原告会社代表者、被告松村)によれば、(一) 被告松村は園芸店を経営するかたわら、まりもの養殖や押し花の研究をし、松村産業有限会社を経営してその研究の成果を商品化していたこと、(二) 原告らは、その事業の一つとして本件発明等を商品化することを企画し、具体的には、原告浦山が経営する株式会社共和活材を通じて、本件発明等に基づいて製作される植物標本等を大手広告会社や自動車販売会社に売り込み、その交渉を進めており、これによって相当多額の利益を得ることを見込んでいたこと、(三) 被告松村も、本件契約により、原告らが本件発明等に係る製品を販売したときは、ランニングロイヤルティーとして標準製造原価の二パーセントを受け取ることとなっていたこと、(四) 被告松村は、前記一1(四)の契約書を作成した際に、研究資金として原告らからそれぞれ二五〇万円を受け取り、また、本件契約締結後、研究資金として原告浦山から五〇万円及び原告会社から一五〇万円の貸付けを受けたこと、(五) 前記一1(五)のとおり昭和五二年一月に締結された「特許・実用新案並びにノウハウ実施細部協定書」によれば、原告らが同協定書の条項に違反した場合には損害賠償としてそれぞれ一億五〇〇〇万円を支払うという条項が定められていたこと、以上の事実が認められる。

3  右事実によれば、本件契約は本件発明等の商品化によって原告ら及び被告松村の双方が利益を得る目的で締結されたものであり、本件違約条項は、被告松村の履行を確保するために必要なものとして定められたものというべきであり、本件違約条項そのものが公序良俗に反するということはできない。また、原告らは本件発明等を利用した事業によって相当多額の利益を得ることを見込んでいたのであり、本件違約条項に基づいて原告らが被告松村に対しそれぞれ五〇〇〇万円の支払を求めることが、実際の損害に比較して余りに過大であるということもできない。

したがって、本訴請求が公序良俗に反するとの被告松村の主張は、理由がない。

四  結論

以上のとおりであるから、原告らの被告松村に対する請求は理由があるというべきであるが、被告斉藤及び同篠原に対する請求は理由がない。

(裁判長裁判官 瀬戸正義 裁判官 杉原則彦 裁判官 後藤博)

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